マニアックヘブン。それは私にとって定点観測みたいなものだということを、今回のライブを通して改めて実感した。大げさかもしれないけれど、私にとってマニヘブとは生きていくなかで必要な営みのひとつらしい。そう思うに至った経緯やこの日のライブについて記録を残そうと思う。
2025年の初ライブはマニアックヘブン vol.16。記録によれば、THE BACK HORNのワンマンを観たのは、あろうことか7月の夕焼け目撃者が最後のようだ。久しぶりのTHE BACK HORNであることに加えて、普段のライブでは聴けないような曲たちのラインナップ。ワクワクせずにはいられない。
マニヘブから遡ること1ヶ月弱。ふと思い立って、THE BACK HORNを聴くのを少しだけやめることにした。マニヘブで受ける衝撃をより鮮やかにしたいと思ったからだ。正直に言うと少しだけズル(=聴いてしまうことの意)もしたけれど、1ヶ月くらいは何も聴かない日々が続いた。
メンバー各位からも今回のセトリは史上最高にマニアックだという情報が発信されていたので、どのような角度から発射されるものかと心して臨んだライブ。脳汁が出るって、こういう体験のことを言うにちがいないという確信があった。
SEが鳴りやんでから、最初の曲が始まろうとしているとき特有の緊張感を思い出す。たしかにそれは10秒にも満たない時間だ。それでも、何よりも待ち遠しくて、心が浮き立つ瞬間であることに違いない。
思えば、ライブの1曲目は、いつだって緊張感と高揚に包まれている。初めてのツアー、何周年かの記念ライブ。どれもたしかに特別だ。それでも、やっぱりマニヘブの1曲目は何の予想もつかないという点でも他のライブの比じゃなく特別な瞬間だと思うのだ。
拙い記憶の糸を辿りながら、セットリストに思いを馳せる。
「レクイエム」
「レクイエム」は、音源では折に触れて聴いてきた曲だと思う。が、ライブで聴いた記憶は忘却の彼方に消えている。新鮮な気持ちで馴染みのある曲を浴びる。ベスト盤を聴くと真っ先に出迎えてくれるこの「レクイエム」。なんだか、ベスト盤を繰り返し聴いていた当時のことを思い出してしまう。最近は全く聴いていなかったから、余計に懐かしく感じる。今ここで聴いているのに、それまで聴いてきた軌跡があるからこそ、より一層の厚みを伴ってこの曲は立ち現れる。マニヘブVol.16の期待値が早くも高まる。
「ラフレシア」
ライブが始まる前に、後ろのあたりで「『ラフレシア』聴けないかな」なんて声を耳にしたばかりだったので、本当に「ラフレシア」を聴くことが叶うとは。たしか前回のマニヘブでも「『クリオネ』聴きたい」なんて声がすると思ったら本当に「クリオネ」を聴けたことがあったので、思いのほか不思議なめぐりあわせを目の当たりにしているかもしれない。これもマニヘブならではか。肝心の「ラフレシア」について言えば、「拒絶の矢を 突き立てろこの世界に」というところでマイクのスタンドを振りかざしていた山田将司の姿が脳裏に焼き付いている。そのさまは、この歌と同じくらい非常に勇ましかった。
「ゲーム」
マニヘブあるある、「分かります、歌詞も、この曲も、でもまって、曲名アアアア」とバグるやつを早速発動。「ゲーム」です。「脱落者 今日は自分かもしれない」って歌詞が突き刺さりながら電車で通学していたことを思い出す。ともすると若さはギリギリのところに自分を追い込みやすい。が、今思えば、その不安定さによって、のらりくらりと躱せたノイズもあったような気がする。渦中にいた当時は、のらりくらり躱しているなんて思えなかったけれど。
ところで、200曲以上のなかからコレ!となるのは、ほとんど狂気と言って差し支えない反射だと思う。
「ホワイトノイズ」
山田将司がギターを持つ。見慣れたはずの佇まいなのに、やっぱりどこかちぐはぐな感じがしてしまう。勝手ながら、マイクに嚙みつく姿が山田将司ならではだと認識しているからだろう。「ホワイトノイズ」が始まると、会場の雰囲気が一気に変わるのが分かった。
なんて淑やかで美しい曲なのだろうと息をのむ。ライブで初めて見ることで、ようやくその美しさを知ることができたように思った。ずっと知っていた曲なのに、まだ知らないことがたくさんあるらしい。
「鏡」
弾き語りで「鏡」を聴けたときもしびれたけれど、バンド編成で聴ける「鏡」は一層の感動を伴って響く。『パルス』は俺の青春そのものなので、居ても立っても居られずソワソワしてしまった。未だにあまりにも鮮やかなんだ。『パルス』を手にした当時のことも、聴きまくってたあの頃のことも。
滔々と流れる楽器の音を泳ぐ声。どこまでも広がるたなびきを恍惚としながらただ見ていた。
「汚れなき涙」
考えるよりも先に反射で心が動いてしまった。奇声を発する代わりに口元を手で覆う。どんな言葉を尽くせば、この喜びを表現することができるだろう。「汚れなき涙」はアサイラムツアーのときにどうしても聴きたかった曲だった。だからこそ、唯一行けた会場で、念願かなって聴けたことは何よりもうれしい出来事だった。そういうこともあって、この曲をライブで聴くと、自ずとそのときの喜びや当時のライブのことが鮮明に甦る。なかなかに胸が熱くなる瞬間である。
あの日はたしか雨だった。11月半ばの雨は、いそいそと冬を連れてきた。それでも、ライブのおかげで身体が凍えることはなかった。汲々とした切実さに貫かれている「汚れなき涙」という歌。私にとって、この歌は本当に特別で、宝物だ。当然のように知っていたはずのことを、まるで知らなかったことのように噛みしめる。こうやって、折に触れて大事なものの再確認をすることで、大事なものはもっと大事になっていくんだと思う。
「フラッシュバック」
「汚れなき涙」を聴いてグズグズになっていたところ、緩やかに次の曲が始まった。穏やかな音の運びと雄大な広がり。そこから、次の曲が「フラッシュバック」だと分かったので、思わず笑みがこぼれる。こういう始まり方もあるのか。
ライブならではのアレンジに思わず唸る。いつぞやのマニヘブで1曲目が「フラッシュバック」だったときのことを思い出す。あれからそれなりの時間が経ったはずだ。随分と遠くまで来たものだ。
そんなふうに、思いを馳せることのできる大切な過去があることも、幸せなことなのかもしれない。
「パラノイア」
思いのほか聴いていると思うのが「パラノイア」だ。たぶん、「真夜中のライオン」に匹敵する勢いで聴いている気がする。否、それはさすがに誇張か。狂気が透けるこの歌。「パラノイア」という名前なだけのことはある。
「サナギ」
冒頭から歌詞が脳内に吸収され、たしかな言葉として認識されていく過程を味わった気がした。「君はまだ知らない それでも世界は素晴らしいことを」。「サナギ」も何回か聴いている気がする。リアルタイムで聴くのももちろんグッとくる。感情の高ぶりを感じるけれど、数年経ってからライブで聴くことで、その良さとか味わいが改めて分かることがある。「サナギ」は特にその色が強い。
「水槽」
おどろおどろしい曲調とは裏腹に、会場が異様な盛り上がりを見せる。「水槽」で盛り上がるってヤバいって、メンバーも言っていた。たしかに、「水槽」の盛り上がりどころを改めて考えてみても、よく分からない。盛り上がりどころはこの曲のすべてと言うしかなさそうな節もある。一般的な盛り上がりとか受けの良さとか、それらを捨象して、残った部分を(もしかするとこれこそがメインかもしれないが)煮詰めたものが「水槽」なのかもしれない。我らが玄人集団。
「ザクロ」
「水槽」の次に「ザクロ」が来るのは反則だ。選曲はもちろん、久しぶりに聴いた「ザクロ」にニヤケ(微笑み)が止まらない。甘美でした。
「tonight」
山田将司が持ち替えたアコースティックギター、それから、軽快なテンポで叩かれるドラムスティック。これは「tonight」だ!ということで予想が的中した「tonight」。颯爽と流れる星のような歌だ。アップテンポを奏でるアコギの音って、儚げなのにしなやかで、軽快で、凛としていて、本当に美しい。
「惑星メランコリー」
前奏が鳴るやいなや沸き立つ会場。『イキルサイノウ』を聴くと真っ先に出迎えてくれるこの曲。「惑星メランコリー」。「燃え尽きて死んじまえ さあ!」という歌詞の破壊力たるや。これからもずっと反旗を翻すような歌が必要だし、「惑星メランコリー」はそうした破壊力と創造力を併せ持った傑作だと思う。
「コオロギのバイオリン」
マニヘブ名物でもある「コオロギのバイオリン」。尺の関係でなかなか普段のライブではセトリに組み込めにくいらしい。本当にいい曲だなァと痺れると同時に思ったのは、サブスクもない時代に『生と死と詞』という歌詞集にだけ封入されたこの歌をじっくり聴き込んできた、ということの尊さだ。
段階を経て手に入れた曲をじっくり聴くという営みは、サブスクでは味わえない
サブスクの利便性には代えられないけど、ようやく手にした曲を聴くこと、例えば新譜のビニールを破って、傷つかないようにCDケースを開けるときのこと、歌詞カードを恐る恐る広げる瞬間、そういうすべての営みが、つまり愛でるということが、一曲一曲に対する思い入れをたしかに深めてくれたように思う。
タップやスワイプでは味わえない奥深さを、歌詞集にのみ封入されたCDが教えてくれたことを、今になってようやく思い知った。
「共鳴」
稲光のような鋭さと眩しさ。閃光が走るという言葉が相応しい歌だと思った。本当に「共鳴」という歌は名作だ。THE BACK HORNのスローガンとも言える「共鳴」という言葉。それなのに、マニアックヘブンでないと(マニアックヘブンでさえも)なかなか聴くことがないのは感慨深い。ここで聴く「共鳴」はあまりにも特別だと言わざるを得ない。事実、あまりにも尊くて特別な歌だと思う。光に打たれる。それも凄まじい輝きだ。この歌を何度聴こうとも、聴くたびに受ける衝撃はいつまでも鮮やかなのだろう。きっとこの歌は、精彩を放ち続けるのだろう。
「サイレン」
「サイレン」って、楽しいのになんだか寂しくなるところがたまらなく好い。「死にたくなるほど自由」っていう言葉にいつもチクリとした痛みを覚えるのはなんでだろう。自由なのにそこに付きまとうのは、「死にたくなる」って感情だからかもしれない。何にも縛られないはずなのに、どこか諦めというか、捨て鉢になる様子が窺えるからかもしれない。荒々しさの中に垣間見える繊細さ。その危なげながらも懸命に生きる姿が見て取れるから胸が打たれるのかもしれない。
「青空」
「青空」の全然「青空」じゃないところが好き。もはやこれは青空じゃなくて嵐。吹きすさぶ風。それでも、「青空」というタイトルを掲げている、という佇まいに胸がつかまれる。やむに止まれない引力がある。それくらいに晴れやかさがない感じがものすごい良い。
「青空」は「未来」のB面で、「未来」と言えば『アカルイミライ』で、『アカルイミライ』が全然明るい未来じゃないところも好きだと思った。意図的かはさておき、そんなつながりが、もしかするとあるのかもしれない、などということが思い浮かんだ。
「思春歌」
これは私がくだんのズルをした時の話ですが、シャッフルでたまたま「思春歌」を聴いてじんわりあたたかい気持ちになり、マニヘブで聴きたいな、なんて思っていた矢先の出来事だった。しかも本編の締めくくりでもある歌だったので、私は前奏で泣きました。なんていい歌なんだろうね。「思春歌」なのに、30歳を超えてからのほうがよっぽど染みて染みて、どうにも情緒が揺さぶられまくった。自分の状況や心境に応じて同じ歌なのにこんなに受け取り方が変わるのがおもしろい。たぶんTHE BACK HORNを聴くたびに新しい発見があって、聴くたびにもっと好きになるんだろうって、心から思った。
「天気予報」
異常な盛り上がりを見せる「天気予報」。何度見てもおもしろい。松田晋二が言う「幸せになってくれなんて嘘だ 不幸でもいいからそばにいてくれ」に狂わされた情緒よ。そういえば、前回のマニヘブで「天気予報」を演ったとき、山田将司がドラムスティックを折ってしまったことを思い出した。
「マツごめん、スティック折っちゃった」。
あの情景がありありと思い出された。思いがけないところで息を吹き返す記憶よ。いつかまたどこかのタイミングで再会できることを心待ちにしているよ。
「さらば、あの日」
マニヘブに来た分だけおそらく聴くことになるのが「さらば、あの日」という歌だろう。10回くらい行っているはずなので、少なくとも10回くらいこの曲を聴いている計算になる。「コバルトブルー」の比ではないとしても、立派な軌跡を描いていることはたしかだ。「さらば、あの日」を聴くと、同時に「希望を鳴らせ」のことも思い浮かべてしまう。
やっぱり、マニアックヘブンって、ものすごい愛しいイベントだ。普段は意識にのぼりもしないことなのに、歌とともにふいに鮮明に甦る記憶がたしかにあることを痛感した。それはメンバーも同様のようだった。「当時の歌を歌うと、そのときのことについて色々思い出す」というようなことを山田将司がぽつりと呟いたことがやけに心に残っている。
きっと、こういう体験を重ねることで、記憶はもっとたしかなものになって自身の中に根付いていくのだろう。いわばこれは記憶の筋トレみたいなものだ。
このブログを始めるきっかけにもなった小林秀雄の言葉が切実な響きを伴って思い出される。
「思い出が、ぼくらを一種の動物であることから救うのだ。記憶するだけではいけないのだろう。思い出さなくてはいけないのだろう。」
改めて、たしかに私はTHE BACK HORNとともに生きてきた。
私はこのことを今回のマニヘブで改めて思い知らされた。彼らの音楽とともにあることは自分にとって日常そのものだ。だから普段は気にも留めてこなかったわけだが、改めて立ち止まってみると、それがどれだけ感慨深いものであるか、その重さを考えずにはいられなかった。
THE BACK HORNは私の人生だ。
私がこういうのはあまりにも大袈裟かもしれない。それでも、自分の人生の半分以上をともに生きてきたことを思うと、半身に近いとさえ思ってしまうのだ。
ライブ会場にいること、もっと言えばライブが始まる前の時間さえも、どうにもかけがえのないものだという気持ちが込み上げて来て、何やらため息をつくばかりだった。感謝には変わりないが、それだけというわけではない。これは、なんという感情だろう。ありがたい、うれしい、生きていてよかった、そのどれもが正しいようで少しずつ当てはまらないように思えた。
その正体を明らかにすることは難しいから、まずはこの有難みを一心に受け止め、幸福を抱きしめたいと思う。ありがとうTHE BACK HORN。大好きです。
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